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宮崎地方裁判所都城支部 昭和33年(わ)56号 判決 1958年7月04日

被告人 梯一令

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は亡梯喜之進の六男として生れ、幼少にして父母を失つたので中学校を卒業する頃まで長兄国利方に引取られ、その後も兄姉等の家を転々として生活の面倒を見てもらい、昭和三十二年十二月下旬ごろからは肩書居住の次兄梯義人方の世話になり傍ら同人方の農業の手伝などに従事していたものであるが、右梯喜之進の死後その遺産を兄姉らの間で分割するに際し、被告人には二〇万円だけを遺ることにし、しかもその現金は兄姉らが分割して預り被告人には渡してくれなかつたので、かねてから兄姉らの右措置に対し不満を抱き、何とかして右二〇万円を兄姉らから取り戻して分家するか大阪市方面に出稼に行きたいと希望するようになり、警察に頼んで右現金の取り戻し方を兄姉らに話して貰おうと考えて、昭和三十三年一月二十一日ごろ小林警察署等に出向いて相談したが思うとおりにならなかつたので、同月二十三日午前十一時ごろ右義人方において同人及び兄国宏に右のような意向を述べたところ、両名から反対されたうえ強くたしなめられたので憤慨し、右国宏方に放火してかねての不満を晴らそうと決意し、

第一、同日午後十一時三十分ごろ、肩書本籍地所在右国宏の居宅に近接する同人方牛小屋に赴き、同小屋より右居宅に延焼させる目的で、附近川野己吉らの居宅等にも延焼することを予見しながら、右牛小屋軒下に落ちていた藁束に所携のマッチで点火し、これを同小屋内に積み重ねてあつた藁に引火させて放火し、よつて同小屋並びに国宏等の住居に使用する家屋(木造平家建かや葺建坪三〇坪)一棟ほか右川野己吉らの住居に使用する家屋一一棟、その他非住家屋二六棟(被害額合計五、三六九、〇五〇円相当)を焼きし

第二、右放火の後附近が火災になつたのを知つて自らも自殺しようと決心し、附近の電柱に登り電線に手を触れてみたが目的を達しなかつたので、右義人方炊事場に駈け近み同所にあつた野菜庖丁一丁(証第三号)を取り出して同大字三、六七五番地東原伴之進方附近田圃に至り、そこで自殺しようとしたがなお思い切れず、右庖丁を同所に捨てて右伴之進方に至り、同人方居宅に近接する同人方牛小屋に放火し、自らものどを切つてその火中に飛びこみ自殺しようと考え、同日午後一時過ごろ同人方台所から野菜庖丁一丁(証第五号)を取り出して後右牛小屋に赴き同牛小屋に放火すれば右居宅(木造平家建かや葺建坪一五坪)に延焼することを予見しながら同小屋天井裏に積み重ねてあつたわらに所携のマッチで点火して放火し、もつて右牛小屋並びに右東原伴之進らの住居に使用する家屋各一棟(被害額合計八三五、〇〇〇円相当)を焼きした

もので、右各犯行当時心神耗弱の状態にあつたものである。

(証拠の標目)(略)

(情状について)

前掲鑑定書並びに証人梯国利、同梯義人の当公廷における各供述を総合すると、被告人は三才ごろから発熱すると全身のけいれんを起し、一五才ごろからは発熱がなくとも同様のけいれんを起すようになつたので、医師の診断を受けたところ「てんかん」ということが判明し、その頃から月に五、六回多いときは日に二、三回も「てんかん」発作を起していたので、昭和二九年三月ごろ九州大学病院に入院治療を試みたがやはり根治するに至らず、週に一回程度の同様発作を見て今日に至つたものであるが、その発作時並びに平常時における症状から見るに、その発作の際及びその後の一〇分ないし三〇分位は意識こん濁していわゆる「てんかん」性もうろう状態を発し、その状態では過去において途方もなく出歩き、理由なく他人の馬を引き出し、就寝中の子供に小便をしかける等の行為に及んだこともあつた。また右発作の起らない日でも、定期的に一定期間感情刺戟性となり怒り易く不平不満の情を発し、他人と親まず衝動的行為にも及びかねない、いわゆる定期性不機嫌症を起すことがあり、性格的にも、人と争い易く頑固にして爆発性を有し気分が変り易くわがままで反面派手好きで几帳面という典型的「てんかん」性異常性格が認められ、更に智能指数七六智能減退率三四%という右「てんかん」に起因すると思われる智能障害が認められる。本件各犯行は、前掲各証拠によつて認められる被告人の兄義人方における同人並びに兄国宏との口論の模様、及びその後同所を立ち去る際の被告人の言動、更にはそれと判示各放火行為との時間的近接関係並びにその間における被告人の言動等から判断して、右いわゆる「てんかん」性もうろう状態におけるものとは考えられず(この状態下における犯行ならば心神喪失と判断される)前記鑑定書にも指摘されているとおり右いわゆる定期性不機嫌症の状態において為されたものと認められ、判示のとおり心神耗弱と判断したのであるが、思うに本件各犯行により一瞬にして九世帯大小四一棟の家屋が殆んど全焼に帰し、その財産上の損害実に六二〇万余円にのぼり、この種犯罪の社会公共に及ぼす危険の如何に大なるかを物語るものであり、その動機と併せ考えるとき、前記の事情を考慮に入れてもなお被告人の責任は軽々に論ぜられないものがあると考える。のみならず、被告人の前記各症状並びに異常性格、智能障害等は当然今後においても継続することが予想され、信頼すべき特段の措置が講ぜられない限り犯罪への危険性が充分に考えられる点も刑事政策上ゆるがせに出来ないところであり、前記各証人の証言によるも被告人の兄姉らの中二人までが本件火災による被害を受け、また他の兄姉らにおいても被害の弁償等で頭を悩まし、被告人の今後については積極的な施策及びその意志を持ちあわしていないことがうかがわれ、かかる事情のもとでは右懸念は依然として払拭され得ないところである。しかし刑事司法上被告人の責任の軽重を判断するに当り、結果の大小や将来における危険の大小のみをもつて決定し得ないことは勿論であり、本件において、被告人の行為が幼少のころからの持病である「てんかん」に直接間接負因していることは疑がなく、かかる極めて困難な身体的条件下における被告人の人格形成上の責任を考慮の基礎におくのでなければ、弁護人も主張するとおり極端にして安易な応報刑ないしは社会防衛とのそしりを免れないものとなろう。

彼是考料して結局主文のとおり量刑処断することとしたのであるが、右鑑定書にも記載されているとおり被告人は将来においても鎮痙剤の継続服用を要するものと考えられるので、刑の執行過程における適当な治療措置を期待してやまないものである。

(法令の適用)

法律に照すと、被告人の判示各所為は刑法第一〇八条に該当するので、所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、右はいずれも心神耗弱中の行為であるから同法第三九条第二項、第六八条第三号を適用して法律上の減軽をなし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条第一〇条を適用して併合罪の加重をなした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、未決勾留の通算につき同法第二一条を、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上藤市 福山次郎 重田九十九)

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